活動の記録

ワークショップ

こん…に……ちは。

私を覚えていま…すか?

いま…皆さんの脳内に直接語りかけています。

ポエティック神谷です。

 

ん?覚えてない?

 

…帰ります。

 

 

ブログが不定期(半年以上)すぎて、本当に申し訳ございません。

正直に言います!

さぼっていました!

すみません!!m(_ _)m

少し忙しい時期がありまして、そこからズルズルと先延ばしにしてしまいました。

 

毎回、皆様の頭から前回のお話しが綺麗に抜けていったタイミングでの更新になりますが

何となく覚えていて下さった0.1%の皆様に「小学校ワークショップ 完結編」

をお届けできればと思います。

本当に、すみません…。

 

さて、自分でもどこまで書いたか忘れてしまい、今読み返しています…

そうです!ちょっとした問題が起こった話をしようと思っていました。

問題というか、私が勝手に凹んだ出来事の話なのですが。

 

前回までで熱意と材料はそろいました。

カメラは弊社にある、使い捨てカメラの使い捨てしない(フィルムを入れ替えられる)バージョンを使用し

フィルムを詰めた状態で子供たちに渡しました。

そもそもフィルムの存在自体を知らない世代ですので、処々の説明をし

「みんなの写真を楽しみにしてるからね♪」と伝えて帰ってきました。

 

それから数か月後。

そろそろ撮れたかな、と思っていた矢先、齋藤から思わぬことを聞かされます。

「先生から連絡があったんだけど、どうやらいろいろあって学校から撮影に関して条件が付いたらしい。」

プライバシー問題や、いろいろなことに配慮をした結果だそうです。

何個かの条件が出ていたのですが、その中でも個人的に突き刺さったのが

「人を撮らないようにする」という内容でした。

 

その条件下で、既に子供たちは撮影を終えており

戻ってきたフィルムを現像してみて、とてつもない憤りに襲われました。

見事にどのカットにも、友達やご両親なども含め人っこ一人写っていないのです。

それが30本分。

不気味以外の何物でもありません。

皆、めっちゃルール守るやん…。

 

未来に残すものを作っているのに、大切な人の姿を残せない。

カメラを渡した時は、キャキャしながら友達にカメラを向けていた子もいたのに。

フィルムを見ていると、その様子がフラッシュバックして、何ともいえない敗北感にのしかかられます。

この部分は書き始めると、ただのグチになっちゃいますので、これ以上は割愛します(笑)

 

同時に、一つ明確にしておきたいことがあります。

私は今回の学校の在り方に不平不満があるわけではありませんし

ましてや非難するつもりもありません。

なぜなら、先生とお話しをしていく中で、先生方や学校側の大変さが身に染みてわかったからです。

ただ、こんなことすら許されない今の社会の閉塞感みたいなものを

目の当たりにしたもんだから、とても悲しかっただけなのです。

どこにもぶつけることができないボールをヨッと渡されたもんだから、ワタワタしてしまったんです。

きっと先生方は、毎日このボールを渡されては抱えながら教えているのだと思います。

本当に頭が下がります。

 

それでも捻くれ者の私は、もうちょっと何とかならんかね、と思い

再度、担任の先生とお話しをさせていただく機会をいただきました。

そしてなんと、先生がもう一度学校側と掛け合って下さり

予算の関係で、1人当たりのカット数は少なくなってしまいますが

再度、あまり制限をつけない形で撮影をすることとなりました。

私のわがままに付き合っていただいて、すみませんでした。

 

それから一ヶ月も経たないうちに再撮分のフィルムが戻り

不思議な緊張感に包まれながら現像をしてみると

そこにはちょっと胸にこみ上げる光景が広がっていました。

元気よく遊んでいる子供たちを、数名分のフィルムから発見できたのです。

公園で、教室で、駅前で…。

その中には担任の先生の姿もありました。

子供独特の低い視点からの見上げた横顔が。

 

もちろん、人を撮っていればいいということではないです。

風景を撮っていた子たちも、その場所が好きだったのでしょうから、それはとても素晴らしいことです。

風景を撮ってる子もいれば、物を撮ってる子、人を撮る子もいる。

それぞれがそれぞれに大切にしているものが異なるけど、それでいいよ。

担任の先生は、きっとこういうことを伝えたかったのだと私は理解しています。

それが少しでも形になって出てきたことが、とても嬉しかったのです。

ただの自己満足でもあるんですがね(笑)

 

その後、加藤さん、齋藤、私の三人で学校に乗り込み

理科室を即席の暗室にして、子供たちの手でプリントをしてもらいました。

ここは、ただただ大変だったので割愛させてください(笑)

そうしてできあがった作品は、各々の写真への想いを綴った文章と共に

区役所のロビーで展示され、なんとか最終目標である写真展まで辿り着くことができました。

 

今回のことで私個人、多くの事を学ばせていただきました。

写真が根源的に持っている「残す」という機能の重要さ。

制限をかけすぎると、つまらないものになってしまうこと。

それがなかなか許されない現在の社会。

 

そして、何より心に残ったのは

誰かがクラスの全員を集め、教室で集合写真を撮っていたことです。

皆で写真を撮りたい、残しておきたいと思った心意気をとても愛しく感じました。

自然と生まれたその想いこそ、写真を撮る原動力の一つだと思うのです。

 

 

ポエティック神谷

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すっかり間が空いてしまいました…すみません。

最近、大変ありがたいことに少しだけ忙しい日々が続きまして

レンタル暗室業とは関係ない(?)ところでも、いろいろと動いておりました。

実は、花粉にやられて頭がボーっとしていたというのもあるのですが。

 

さて!もう前回のお話しが皆様(自分)の頭の中から

消えていってしまったかもしれませんが…続きを書かせていただければと思います。

 

「ワークショップやるから!」と意気込んでみたは、いいのですが

やはり、何をやるにしても必要経費と言うものは存在するわけです。

実際、1クラス30名で今回の内容を行うとなれば

フィルム、印画紙(バライタ紙)、薬品などを結構な量、準備しなければなりません。

印画紙一つみても、前々回くらいに、ちょろ~っと書きましたが

1カット1枚で仕上げることは非常に困難ですので

余裕をみると1カット辺り3枚ぐらいは欲しいわけです。

ましてや、今回は実作業を行うのが子供たちですから

想定外の事態も考慮すると、1カット辺り5枚程度の余裕はみておきたい。

そうすると5枚×30名=150枚。

加えてベタ焼き(コンタクトシート)用にも、別途印画紙が必要になります。

昨今の感材事情を考えますと、決して軽視できる費用ではありません。

フィルム現像費、講習費、人件費もろもろ他の部分は飲み込むとしても

これは、いかんともしがたい。

ましてや、うちみたいな弱小暗室では。

ですので、先生には正直にその旨をお伝えすることとなりました。

「材料費に関しては、こちらで持つことはできない」と。

そうして、なんとなく悲しい空気が流れる中、その日のミーティングは終わりました。

私は、心の中で「現実は厳しいなぁ。実現しないかもなぁ」と思っていました。

 

ミーティング後、何となくそのことが頭によぎりながらも日常は過ぎて行きました。

ある日、私がテレビを見つつ鼻をほじりながら店番をしていると

弊社と取引がある印画紙関係の代理店の方が、フラッと立ち寄ってくださいました。

しばらく世間話をしていたのですが、途中でハタッと気づき

「こ、これは駄目もとで相談してみよう」と思い

今回の事の顛末をお話しさせていただきました。

先生の想いや経費の事など、終始真剣に聞いてくださり

最終的に「ぜひ前向きに検討させてほしい。できる範囲でご協力したいので

詳細が固まったら改めてお話しを聞かせてください」というお返事が。

私の頭の中に「ヒャッハー!」という声が響き、世紀末が訪れました。

<ユア ショック!

 

と言っても解決できそうなのが、まだ印画紙の部分だけでしたので

先生にはお伝えするかどうか少し悩んでいました。

記憶では、ちょうどその位のタイミングだったかと思うのですが

私は齋藤から、さらに衝撃的な言葉を耳にすることとなります。

 

「先生、教育委員会の助成金獲ったってよ!」

 

<ユア ショック!

再び、世紀末が訪れました。

いつの間にか、私だけ23世紀に。

 

助成金の額には限度があるので、その中でどう上手くやりくりしていくか

という問題は依然として残されていましたが、これで開催の目途はたちました。

後に、代理店の方も「不思議と、こういう時は何かが呼ぶもんなんですね」

と仰っていましたが、個人的に今回のワークショップでは

いろいろな事が自然と繋がっていく感じがありました。

ちょっとオカルトちっくになっちゃいますが

それはきっと、人の熱意が伝染していったからなんだと思います。

先生の想いがいろいろなものを引き寄せてきたのかなぁ、と。

私が大学生だった頃、ある方に「結局、人を動かすのは情熱なんだよ」と、サラッと言われました。

安定の捻くれ者だった私は、表面上の意味だけを読み取って

「そうはゆうても…」と、内心思っていました。

 

「人を動かすのは情熱」

今は、その意味が少しだけわかった気がします。

 

てなわけで、ワークショップは開催する運びとなりました。

ですが、なかなかすんなり事が進むということは少ないもので

また、ちょっとした問題が起こったりするわけです。

 

次回はそのお話しでも…。

 

 

ポエティック神谷

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最近、花粉がひどすぎて生きているだけで疲れてしまいますが

皆さんは大丈夫ですか?

朝起きて晴れていると憂鬱になり、雨だと少しホッとする変な時期です。

 

さて、今回は、以前からtwitterでちょくちょく呟いておりました

とある小学校で行わせていただいたワークショップについて書いてみたいと思います。

ちょっと前のことなので記憶が怪しい部分もあり

多少の誇張が入ってしまっていたら、すみませんm(_ _)m

 

時は平成29年の夏(ごろ)。

ある日、弊社代表の齋藤に呼ばれてミーティングルームに行きました。

そこには、以前より齋藤とお付き合いのある小学校の先生がいらっしゃり

「フィルム写真に関することだから一緒に聞いて」とのことで、しぶしぶ同席することとなりました。

しばらく聞いていると「区政90周年を記念して、何か後に残るものを作りたい」

という内容ぽかったので「暗室関係のワークショップかな?」と思い込み

私は勝手に段取りなどを考え始めていました。

しかし、お話は途中で思わぬ方向へ進んでいきます。

 

「もちろん、単純に写真を一から自分で作る楽しさを体験して

それを残して欲しいというのもあるのですが…実はそれだけではなくて」と、先生。

予期せぬ言葉に、私は頭にハテナマークを浮かべていました。

「何と言いますか、最近少し違和感を覚えるんです。

子供たちが算数のように一つの答えだけが正しいと思ってしまうようで。

その上、それを誰かが正解と言ってしまうと皆が追従してしまう。

もっと、いろいろな考え方があってもいいってことを

写真を通して子供たちに伝えられたらな、と思うんです」

私は間抜け顔で「ほえー」と呆けてしまいました。

 

話しは飛びますが、私は小学生の頃に、とある体験をしました。

学校で「お休みの日の出来事を絵に描いてくる」という宿題がでて

私はちょうどその週の休みに父親と海に行ったので、その絵を描くことにしました。

それは、夕暮れの海岸に父親が作った砂の城の絵でした。

特段綺麗な海ではありませんでしたが、子供ごころに

何となくその光景が印象的で、自分が思う美しい景色として描きました。

砂浜は黒く、海は白く、空は緑に塗って描きました。

宿題提出の日に、自信満々で先生に見せます。

そこで先生から返ってきた言葉

「これはおかしい。

なんで砂浜が黒いの?灰色じゃない?水は青じゃない?空は緑色にはならないでしょ。」

うろ覚えですが多分そのような内容だったと思います。

 

私は、とてもショックを受けました。

今考えてみれば、べつに自分の絵を貶されたことはよかったのです。

(そりゃ、褒められたらめちゃ喜んだと思いますが)

ショックを受けた原因はきっと、自分が美しいと思ったものが

世の中では「おかしい」のだ、というギャップにぶち当たったからなのだと思います。

少なくとも、これは先生にとって正解ではないんだと。

その頃から安定の捻くれ具合をみせていた私は

反論したい気持ちはあるのですが、それだけの語彙力も説明する力もなく

ただただ、うつむくしかなかったことを何となく覚えています。

 

そんなことを間抜け顔で呆けながら思い出していました。

そして今、目の前に逆のことを伝えようとしている先生がいる。

何かフツフツと、こみ上げてくるものがありました。

で、何回か齋藤と私で学校に行って、少しお話しをして解きほぐし

モノクロフィルムで写真を撮って、暗室で自分でプリントをする

というワークショップはいかがでしょうか、という話になりました。

 

どちらの先生が正解なのかなんてことは、私にはわかりません。

そもそも、こんなことに正解も何もあるものなのかとすら感じます。

正直に言えば、私はごくごく個人的に

昔の自分を救ってやりたかっただけなのだと思います。

結果的に、私個人の思いに先生や子供たちを巻き込んじゃったわけです(笑)

ごめんね。

 

…と調子こいて「やるから!」みたいに話していますが

現実は厳しく、このワークショップを行うにはフィルムや印画紙、薬品代など

結構なお金が必要になるという大きな壁がありました。

それがどうなったのかは、長くなってきたのでまた次回に…。

 

 

ポエティック神谷

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