1_Wall 公開最終審査会パブリックビューイングを終えて
8月31日に行われた1_WALLのグランプリを決める公開最終審査会。
写真のことをみんなで考え共有できる場になればと、ダークルームでもパブリックビューイングを開催しました。
遅くなってしまいましたが、その感想を綴りたいと思います。
5名のファイナリストの中からグランプリを決める最終審査会。
多くの応募者の中から勝ち抜いた5名なだけあって、見応えのあるものでした。
1_WALLも25回目となる今回で最終回。
写真新世紀も幕を閉じ、1_WALLもその歴史に幕を降ろす。写真の歴史に一つの区切りがついたような気がしています。
映像表現の在り方が急速に変化しつつある現在において、絵画・写真・動画など各分野の枠組みはすごく曖昧なものになってきたように思いますし、これはとても自然な流れだと思います。
写真の歴史を振り返ってみても、写真の在り方は時代と共に変化してきました。
カメラは元々絵画の道具として生まれ、その後、感光材の技術進歩によりレンズを通して映し出された像を記録できるようになりました。
今は誰もがケータイでいつでも写真を撮れる時代。写真だけではなく録音や動画の撮影もボタン一つで簡単にできるようになりました。
ファイナリストの一人、阿部修一郎さんの作品は実家を動画で撮影したものでした。
家族の映っている映像と、誰も映っていない映像。後者は動画ながら動きがない静止画のような映像。
阿部さんも審査の時に「写真のような映像」と表現されていましたが、絵画から写真へと移行したときのように、純粋な静止画から動画へと時代が遷移していっていることを感じさせてくれるものだと感じました。
そして、今回のグランプリは岡崎ひなたさん。
自身の故郷の日常を撮り、資本主義に飲み込まれ失われていく大切な何かをもう一度見直すという問いを提示する作品。
岡崎さんのプレゼンの姿が印象的でした。
そして審査員の写真家津田直さんのコメントにとても共感するものがあるなと思いました。
「本人が質問に対する回答に良い意味で躓いている。わからない領域が目の前にあって、でもそこに深く関わっていこうとしている。それを挑戦という言葉で言って良いのかはわからないが、でも写真があるからそこに向かっていける。言葉にできないところに分け入っているなという感じがとてもした。別の言い方をすれば、言葉で説明するよりもちょっと先を写真が行っている。その感じは止まってほしくない。写真を見る人も言葉で理解するのではなくて熱として伝わってくるものがある。」
”写真があるから、わからない領域に踏み込める”
言葉にうまくできない。なぜかわからないが感情が突き動かされる。その気持ちを「写真」という形で表現することで前に進んでいくことができる。
写真は、写真を見る人に深い感動や勇気を与えてくれるものであると同時に、撮影者自身にとっても一歩を踏み出す力を与えてくれるものだと教えてくれますね。
他にも審査員さんのコメントの一つ一つにたくさんの共感できるポイントと発見があった、とても素晴らしい審査会だったなと改めて思います。
みんなで写真について考える時間を持つこと。
とても素敵な時間になったのではないかなと感じています。
平日の夕方からでしたが、いつもダークルームをご利用いただいているお客様にお越しいただきました!ありがとうございました。